権威主義とは

禁止・命令・教示を権威主義だと思う人がいます。


これはまちがいです。


権威主義とは教師が自分の利益のために、理屈に合わないことを、無理にさせる傾向のことです。


生徒や子どもの人生にとって有益で、かつ理屈にかなっていること(実証されていること、論理性のあること)であれば、それを指示・命令したからといって権威主義とはいわない。


医師やナースは患者に「~せよ」「~するな」と禁止・命令するが、これをもって権威主義者だと評する入はいない。


教師、親とて同じです。

マスコミ界のみならず(´ω`)

マスコミ界のみならず、この時期もっとも注目すべき出来事は、26年の民間放送ラジオにつづいて、28年に開局したテレビ放送の開始だといっていいでしょう。


テレビに初めて触れたときの人びとの興奮ぶりは、いまからみると、尋常一様ではなかったのです。


プロレスやプロ野球などを放映した街頭テレビには、あちこちに黒山の人だかりができ・・・


早ばやとテレビを購入した家庭には、羨望の眼がそそがれ、近所の子供たちが先をあらそって集まりました。


今では、創価学会 仏壇の数よりもテレビの方が多いですよね。


一方では、いわゆる低俗番組の氾濫から「一億総白痴化」などと批判されながらも、テレビは、庶民の日常生活の中に、ふかく浸透し始めたのです。

勇気と倫理

こんにちは。


カウンセリングの実習のときスーパーバイザー(アメリカ人の教授)に「ことばの壁が邪魔して・・・」と弁解しようとした瞬間「弁解はするな、下手な英語をフルに使ってやってみろ」と指示されました。


これが私の「己を侍むにしかず」の気概をつよめてくれたのです。


あのとき教授が「うん、なるほど。それはそうだ」と支持的に応答をしていたら、私は甘えん坊になったと思います。


相手がおとなでも子どもでも、男性でも女性でも、教育をする側は、ここぞというときには是々非々をはっきり示す勇気と倫理を有しているのがよいのだそうです。

現実原則の学習

こんにちは。今回も先日の続きです。


非行に対しては現実療法のグラッサーのように、現実原則を前面におし出し、イエスかノーかと迫る方式の方が効果的のように思います。


教育は神経症者への心理療法とは異なります。


現実原則の学習が主になります。


神経症者への心理療法は現実原則の学習解除が主となります。


これを識別しないと、心理学が教育に導入されるにつれ、教育の場がしまらなくなる―いわゆる、教育の荒廃―ということがありうるのだそうです。

心理療法やカウンセリング

心理療法やカウンセリングを噛った人は、概して受容や共感的理解や非審判的な対応を善とする傾向があります。


しかし、これらが善であるのは、きびしい躾を受けすぎて(現実原期の学習が度をすぎ)自分を殺して環境に合わせすぎた結果、神経症者やぶりっ子、整い過ぎた人、タテマエ主義者、若年寄になってしまった人を援助する場合です。


こういう人たちには、手綱をゆるめて、自分のしたいようにしてみる経験をさせる方がよい。


それによって自分の原点が発見できるからです。


ところが、幼少期からわがままいっぱいに育った子どもに禁止・命令・教示をひかえると、ますますわがままいっぱいになります。


あるいは非行者に心ゆくまで非行させているうちに非行がなおったという話はきいたことがない(ニイルが盗癖の子どもと一緒に泥俸して、盗癖をなおしたが、それは神経症的非行だったからと思われる)。

教育について

ニイルは現実原則に反した行動を児童がした場合に放置しませんでした。


自治会にペナルティを決めさせた。


ルソーは子どもがガラスを破損しても叱らない。


風が入ってくるので子どもは寒い。


この寒さが子どものペナルティになるというのです。


このように自由といっても、決して手放しのわけではありません。


必要ならば現実原則を提示しようという気力を養育者は持っています。

面白いらしい その7

最後に( `・ω・´)


金馬は「おもしろい、おかしい、楽しい番組だった。


子供にもわかる単純さがよかったのでしょう。


じんましんで高熱が出ても休む気がしなかった」と当時の熱気を伝えてくれたそうです。


NHKホールからの公開生放送を10年間も続けたという番組は珍しいこと。


一品50円の満腹ホールが番組に出てくるまだ満腹に食べられなかった時代から、原子力発電が営業用になる時代まで、視聴者を笑わせ続けたのは、テンポの速いおしゃべりのおもしろさであり、立体漫才の楽しさにあったといっていいでしょう。

面白いらしい その6

(^o^)ノ < こんちわー 


またまた前回に引き続き、「お笑い三人組」について★


クリーニング屋の六さん(猫八)、保険の外交員の正ちゃん(貞鳳・のちに良夫さんに改名)、満腹ホールの金ちゃん(小金馬)が中心で、お花ちゃんの楠トシエ、マッチーの桜京美、33年に久米昭二と結婚した音羽美子などが準レギュラー、それにダ菓子屋の武智豊子ほか渡辺篤、木田三千雄などがよく出ていました。


「歌奴時代の円歌に誘われて、『お昼の演芸』に出たのがきっかけ。歌奴と4人でやったプロレスのまねが多いにうけて"面白いそ"ということになった」と、猫八はトリオ誕生のことを詳しく語ったそうです。

面白いらしい その5

こんにちは。前回の続きでーす(^o^)ノ


約10年間脚本を書き続けた名和青朗はいまは亡く、未亡人の津久井貴久子は


「主人は下町育ちだったので、あまから横丁という舞台はそのへんを頭において書いたのでしょう。3人の持ち味にあわせた役柄にし、3人のおしゃべりをどうやって見せていくかに苦心していましたが、こんなライフワークを持てたのは、幸せでした」


と、積み上げると約5メートルの高さにもなるすべての台本を大切に保存しています。

面白いらしい その4

こんにちは。


当時、ラジオ放送を開始したのは、昭和30年11月12日、ラジオ・テレビ共用になったのは31年11月、32年からラジオは録音放送となり、34年4月テレビのみとなりました。


同年10月にカラー放送、41年3月29口の第506回で終了した。


放送時間は火曜日午後8時30分から9時であり、38年以降の3年間はその前の8時から「ジェスチャー」、その後の9時から「事件記者」と、3本の人気番組が続いて放送されました。


しかし『お笑い三人組』の全盛時代は35、36年であり、当時は35~40%の高視聴率を保持していました。

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